変化を成し遂げるために必要なこと

ブログ更新が随分と久しぶりになってしまいました。

昨年11月の始めに長谷川陽子先生とともに開催した宇宙ヨーガリトリートinチェンマイの終了後(ご参加くださった皆さん、沢山の愛あるホスピタリティをくれたレック、そして妊娠中にもかかわらず熱さ100倍の陽子先生、どうもありがとうございました!)、再度別件でバンコクに行ったり人生の新たなフェーズに入ったりしたため、気づけば年も明けて年齢も30歳になり、早くも4月になってしまいました。今年は立春を過ぎても寒い日が続いたためか、桜が長く楽しめましたね。

一年の4分の1が既に終わったわけですが、皆さんの2017年はどのようなものになっているでしょうか。僕個人としては、2017年はこれまで以上に鍛錬を積み、変化を起こし、大きな成長を来すときだと思っており、そのため昨年までと比べると対外的な活動はやや少ない年になっています。

「変化を成し遂げるために必要なこと」

上記のように、今年の僕のテーマの一つはこれまでの自分からの「変化」あるいは「成長」なのですが、ではこれを実現するために必要なことは何でしょうか。

①強固な意思

あんなことがしてみたい、こんな風になりたい。誰しも生きている中でこのように思ったことは数知れずあると思います。では、実際に実現できたことはどれくらいあるでしょうか。あるいは、それを実現させるために何らかの行動に移したことはどれくらいあるでしょうか。たとえば、僕の周りで聞かれることの一つとして、「ヨーガを始めたい」というものがあります。そして、「今度クラスに行きます」とまで言う。しかしながら一向にクラスに行くこともしなければ、ネット上に沢山あるチュートリアルを用いて自分で練習してみることもしない。一体、この「始めたい」という言葉に、どの程度の意志が伴っているのでしょうか。

「あんなこと」「こんな風」の内容が、それほど自分で達成したいと思っていないことなら、そのための時間もエネルギーも割く必要がないですし、むしろ他のより強い目的のためにその時間とエネルギーを充てる方が遥かに有意義です。しかし、もしその内容を本当に実現したいのであれば、絶対に達成してみせる、という堅い意思が必要になります。ただ何となく、「いつか達成できたらいいな」という程度の生半可なものではなく、誰に何と言われようとも、というダイヤモンドの強固さが。

そして、自分自身のその強固な意志に対して責任を持つということが大事です。あなたの意志の面倒を見てくれるのは誰でしょう。それは他の誰でもなく、あなた自身です。どんなにあなたのことを想い、心を砕いてくれる素晴らしい人がいても、体と心があなたに帰属している以上その意志を果たすことはできない。だからこそ、責任は自分で持つほかない。

残念ながら多くの方はこの「初期段階」で既にくじけてしまっているように思われます。あれをやります、こうなります、という意志(「言葉」に置き換えてもよいでしょう)が弱い、あるいは意志に責任を持とうとしていない。特別な能力がなくとも、誰にでも何かを達成するエネルギーは備わっているのに、意志の強さとその意志に対する責任を持たないがために、変化を起こさないその「場所」にいつづける。一体いつまでそこにいるのでしょうか。

②変化に伴う痛み

①に述べたような、強固な意志をもって行動を始めることが重要なのは言うまでもありませんが、スタートを切ったからといって、すぐに何かが達成されるわけではありません。スタートの先に待っているのは、変化に伴う「痛み」です。ある一定程度までは変化の道を進んでいて、楽しいことの方が多い場合もあります。しかし、慣れ親しんだルーティンから離れ、別の道を歩んでいる最中に、見たくなかった自分自身の姿を目の当たりにしたり(すぐに上達しない、理解できない、などがその例です。)、これまで親しんでいた物や事、人との付き合いから遠ざかっていったりすることがあります。そういった時、私たちの心は大なり小なり痛みを感じます。そして、「こんな痛みを感じるくらいなら、変化なんていらない、元の場所に戻ろう。」と思ってしまうことがある。あるいは、顕在意識としてそこまで思わないとしても、惰性に流されてしまうことがある。そこにもし誰かから「痛みがあるのなら、元のままでいいんですよ」と耳元で囁かれると、せっかく踏み出した一歩を後ろへ引いて、戻ってしまう。痛みを乗り越えた先に、自分が目指していた場所があることをいったん意識から手放し、変化することをやめてしまう。

しかし、変化を起こすには痛みを避けては通れないことを本当に理解できていれば、停滞や後退は招かないはずです。「今、自分は痛みを感じている。でもこの痛みは、自分が起こそうとしている変化に伴って生じているもの。だから、これを何とか乗り越えれば必ず変化が来る。だからこの痛みを何とか耐えて、この道を進もう――」となって。

蟹は脱皮をする際に、失敗して脚を失ったり、命を失ったりしてしまうことがあるそうです。そのリスクがありながら、脱皮をしない蟹はいない。

もちろん僕ら人間は、死のリスクをとってまで変化の道を進む必要はないと思います。しかし、受け入れられる程度の痛みであれば、より能動的に自分の人生を歩むためにも、痛みのリスクをとってでも「変化」そして「成長」を起こすべきではないでしょうか。誰しも感じなくて良い痛みなら避けて通りたいのはもちろんわかりますが、必要な痛みであれば、その先に「変化」と「成長」があることを信じ、甘んじて受け入れるべきだと思います。

photo by Ryuya Isayama

photo by Ryuya Isayama

能動的に変化を起こすことは、特に大人になってからは思考パターンが固まってくることもあり、そう容易いことではありませんが、今回のブログを読んだくださった方に、何かのヒントがあること、そしてポジティブな変化が訪れることを願いながら、今回のブログを結びます。

 

****最後に告知です。今年も屋久島にてヨーガリトリートを開催いたします!今回のリトリートのテーマは"Discover Your Soul" 詳細はRetreatページをご覧ください。4月23日までスーパー早割、5月7日まで早割が適用されます(今回は学割とペア割も設けました!)ので、気になる方はぜひお問い合わせください。リトリート最終日、新月の夜には別イベントとしてモスオーシャンハウスにてキャンドルナイトのイベントも行う予定ですので、ぜひ延泊がおすすめです!