本年3度に渡って、ひだまりのお二人と開催させていただいた山梨県甲州市塩山でのリトリートを先日無事に終えました。7月の芋掘りの時と同様、インターナショナルに、バラエティ豊かな方々が参加してくださり、土に触れ、ヨガをして、とても良い時間が過ごせました。
豊かな恵みをもたらす天空の畑。
リトリートを開催するにあたって、いつも朝の自己紹介から始めるようにしているのですが、その際「このリトリートに参加した理由」も簡単にお話いただいています。その中でよく聞かれるのは「普段の生活が忙しいので、エスケープに」「心身が疲れているので、リラックスしに」というものです。僕がインストラクターの勉強をしたニューヨークでは感じなかったことですが、日本ではヨーガやリトリートに対してリラックスや逃避を求める方が、特に多いように思います。
確かに、ヨーガやリトリートにはリラックス効果があると思いますし、僕自身、リラックス効果を敢えて与えるためのプログラムを組むこともあります。でも、それらを単にリラックスや癒しを求める、いわば逃避のための時間・場所ととらえてしまうと、普段自分の身を置いている日常の中のネガティブなものには変化を与えず、かえってヨーガやリトリートに対して依存関係をもってしまい、不健全だと思っています。これはマッサージなどにも共通して言えることですが、レッスンを受けたり、施術を受けたりして、その直後から一定期間までは気持ち良さが残っても、本人の過ごし方・生き方が変わらなければ、また同じところ(心や身体)に不調をきたし、結果、また同じレッスンや施術、あるいはもっと強い効果をもたらしてくれるものを求めてしまうことになるんですよね。ドラッグにも似た、依存関係が生まれてしまうのです。これでは本当に意味がない。こうならないために、教える側、開催する側は言葉を選び、気を配り、色々と手を尽くしていると思います。なので、僕のレギュラークラスに来たことがある方はわかるかと思いますが、僕のヨーガクラスは基本的にはリラックスや癒しを感じてもらうだけのものにはなっていません。それはやはり(以前のブログにも書いた通り)、ヨーガの本来の目的がそこにはなく、かつ日常生活においてより良い状態になってもらいたいからであり、僕がヨーガを教える道に進んだのも、この理由が一番です。ただ、僕らがどんなに思いを尽くし、手を尽くしても、受け手である生徒や参加者の方の心持ち、姿勢、態度が変わらなければ何も変わりません。レッスンを受けて、話しを聞いて、わかったような気持ちになることもあると思いますが、結果それを普段の自分の行動に反映させなければ、レッスンを受けなかった、あるいは話を聞かなかったのとほとんど同じです。「箪笥の肥やし」という表現がありますが、行動に移せない知識は「脳の肥やし」にすらなっていないと思います。ヨーガやリトリートに限らないことですが、少しでも思い当たる節のある方は…これを機に、今までとは心持ちを変えて日々の諸々に取り組んでください。時間はかかるかもしれませんが、これが出来れば必ず良い方へと変わります。少しでも多くの人にこのことが伝わって、皆でより良い方向に変わっていけるように、いつか「本当にやり切った」と思える日がくるまで、僕はヨーガを教え、リトリートを開催し続けていきます。
そんなわけで、2016年の最後にどどんと来ました、「宇宙ヨガリトリートinチェンマイ」おかげさまでお申込みをいただき、残枠3名様となっています。現状を打破したい方、真の自己と宇宙的視点から向き合いたい方、とにかく宇宙を知りたい方、迷わずにまずは僕に相談してください。背中を押す準備は、できています。